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定義
心拍変動(heart rate variability、HRV)とは、隣り合う 2 つの心拍の時間間隔(RR 間隔。異常な拍動を除いたものは NN 間隔)がどの程度揺らぐかを表すものです。HRV と心拍数は別のものです。心拍数が 1 分間に 60 拍でも、間隔が毎回ちょうど 1.000 秒というわけではありません(Task Force, 1996;Shaffer & Ginsberg, 2017)。
心拍間隔は、交感神経、副交感神経(迷走神経)、呼吸、そして血圧を調節する圧受容器反射の影響を同時に受けています。そのため HRV は複数の仕組みが重なり合った結果であり、単一の指標で「自律神経の状態」を直接表すことはできません(Task Force, 1996;Shaffer & Ginsberg, 2017;Billman, 2013)。精神生理学の研究では、RMSSD や HF など迷走神経に関わる成分を用いて、心臓の迷走神経による調節を推定することがよくあります(Laborde et al., 2017)。
神経内臓統合モデルでは、安静時の HRV は、前頭前野による情動や自律神経反応の制御と関係していると考えられています。神経画像研究のメタアナリシスでも、HRV と関連する脳領域が見つかっています。ただし、これらはいずれも相関を示すエビデンスです(Thayer & Lane, 2000;Thayer et al., 2009;Thayer et al., 2012)。
測定方法
| 方法 | 測っているもの | 適した場面と限界 |
|---|---|---|
| 心電図(ECG) | 心電波形の R 波の位置から算出した RR 間隔 | 方法論上の基準。それでも検出漏れや誤検出は起こりうるため、確認が必要です(Task Force, 1996) |
| 心電式の胸部ベルト | RR 間隔 | 10 人を対象とした妥当性検証研究では、Polar H10 の心拍検出の正確さは約 99.6%、高強度の運動中でも約 99% でした(Gilgen-Ammann et al., 2019) |
| 光電式容積脈波(PPG):腕時計、アームバンド、リング | 脈拍の間隔。厳密には「脈拍変動」 | 安静時は許容できるとする研究が多い一方、体を動かしているときや一部の心理的ストレス条件では、心電図との一致度がはっきり下がります(Schäfer & Vagedes, 2013;Georgiou et al., 2018) |
異所性拍動、検出漏れ、体の動きによる誤った間隔は、計算の前に確認して補正しなければなりません。そうしないと、RMSSD などの指標が実際より高く、あるいは低く出てしまいます。報告の際は、デバイス、センシング方式、記録時間、補正方法も明記すべきです(Task Force, 1996;Laborde et al., 2017)。
記録時間
1996 年の国際基準では、HRV を短時間(5 分)と長時間(24 時間)の 2 種類に分けています。両者は数値も生理学的な意味も異なり、互いに比較することはできません。周波数領域の解析には十分な長さのデータが必要で、短時間解析では 5 分が標準の長さとされています(Task Force, 1996)。5 分未満の「超短時間」の数値は、5 分や 24 時間の参照値と置き換えることはできません(Shaffer & Ginsberg, 2017)。
同じ人の2つの測定を比べる場合は、2 つの記録の長さ、姿勢、呼吸の条件をそろえるのが望ましいとされています(Laborde et al., 2017)。
主な指標
| 指標 | 計算方法 | 一般的な解釈 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| SDNN | 一定時間内のすべての NN 間隔の標準偏差 | あらゆる要因を含む全体的な変動量 | 記録時間の長さに大きく左右されます。24 時間と 5 分の SDNN は比較できません |
| RMSSD | 隣り合う NN 間隔の差の二乗平均平方根 | 短時間の、迷走神経に関わる変動 | 呼吸数の影響は通常 HF より小さく、短時間の測定でよく使われます。ただし誤った間隔の影響は受けます |
| HF | 0.15〜0.40 Hz 帯域のパワー | 呼吸の帯域。主に心臓に対する迷走神経の調節を反映します | 呼吸が 1 分間に 9 回より遅くなると、呼吸による揺らぎは LF 帯域に移るため、HF の低下が迷走神経活動の低下を意味するとは限りません |
| LF | 0.04〜0.15 Hz 帯域のパワー | 交感神経、副交感神経、圧受容器反射の影響を同時に受けます | かつては交感神経の指標とされることが多かったものの、現在の文献の多くはこれを支持していません。ゆっくりした呼吸では大きく上昇します |
| LF/HF | LF パワーを HF パワーで割った値 | かつては「交感神経と副交感神経のバランス」と呼ばれていました | 議論があります。次の節を参照してください |
指標の定義は(Task Force, 1996;Shaffer & Ginsberg, 2017;Laborde et al., 2017;Billman, 2013)に基づいています。
LF/HF をめぐる議論
LF パワーには交感神経、副交感神経、圧受容器反射、呼吸の作用が同時に反映されるため、LF/HF 比で交感神経と迷走神経のバランスを正確に表すことはできません(Billman, 2013)。ストレス研究では HF の低下と LF の上昇がよく報告されますが、ストレスの与え方や測定方法は研究によって大きく異なり、LF/HF を個人のストレススコアとして使うことはできません(Kim et al., 2018;Billman, 2013)。
呼吸数が変わると、LF と HF の配分もそれに伴って変わります。ゆっくりした呼吸で LF が上がり LF/HF が大きくなるのは、呼吸のリズムが LF 帯域に入るためであり、交感神経が活発になったことを示すものではありません(Lehrer & Gevirtz, 2014;Laborde et al., 2017)。
呼吸の影響
息を吸うと心拍がやや速くなり、吐くとやや遅くなります。この現象を呼吸性洞性不整脈(RSA)と呼び、HF 帯域のパワーの主な発生源となっています(Zaccaro et al., 2018;Lehrer & Gevirtz, 2014)。呼吸を 1 分間に約 6 回までゆっくりにすると、呼吸のリズムが圧受容器反射のリズムに近づき、心拍の揺れが非常に大きくなります。HRV バイオフィードバックの共鳴呼吸は、この現象を利用したものです(Lehrer & Gevirtz, 2014)。
223 本の研究を統合したメタアナリシスでは、ゆっくりした呼吸の練習中、1 回の練習の後、複数回のトレーニングの後のいずれでも、迷走神経に関わる HRV が高いことが示されました。ただし、練習中の上昇のかなりの部分は呼吸数そのものの変化によるもので、練習後の安静時の測定とは分けて解釈する必要があります(Laborde et al., 2022)。台湾で行われた小規模な研究でも、1 分間に 6 回と 12 回の呼吸を比べたところ、ゆっくりした呼吸で HRV の総パワーが上昇しました(Tsai et al., 2015)。
リラクゼーションセッションとの関係
同じセッションの中でも、音声ガイドがゆっくりした呼吸を誘導する区間と自然な呼吸の区間では、呼吸の条件が異なります。Mandala Hub は、開始前の静かな待機時間の ○ とジャーニー中の ● を比べて変化を見ており、セッション中のベスト ★ は到達レベルとして別に示しています。詳しくは測定と研究をご覧ください。
測定に影響する要因
| 要因 | 説明 |
|---|---|
| 年齢、性別 | 基準値は年齢とともに下がり、男女でも差があるため、自分自身と比べるのが適しています(Shaffer & Ginsberg, 2017) |
| 姿勢、時間帯、直前の活動 | 横になる、座る、立つで数値が異なります。運動、食事、カフェイン、アルコール、睡眠不足もすべて影響します(Laborde et al., 2017) |
| 体の動きと会話 | 誤った間隔が増えます。光学式センサーのほうが影響を受けやすくなります(Schäfer & Vagedes, 2013;Georgiou et al., 2018) |
| 心理的ストレスのある状況 | それ自体が HRV を変化させるほか、光学式の測定と心電図との一致度を下げることもあります(Kim et al., 2018;Schäfer & Vagedes, 2013) |
| センシング方式 | 心電式と光学式では、測っているものが完全には同じではありません(Schäfer & Vagedes, 2013;Gilgen-Ammann et al., 2019) |
研究の現状
- 多くの研究で、ストレス下での HRV の変化が観察されており、最も多いのは HF の低下です。HRV はストレス研究における客観的な指標の 1 つになりえますが、診断のための道具ではありません(Kim et al., 2018)。
- 緑地との接触が多いことは、HF が高く LF が低いパターンと関連しています。エビデンスは主に観察研究によるものです(Twohig-Bennett & Jones, 2018)。
- 没入型の自然シーンに関する研究では HRV を同時に測ることが多いものの、現時点では小規模で、1 回の体験を対象とした研究が中心です(Anderson et al., 2017;Riches et al., 2021)。
- HRV バイオフィードバックのメタアナリシスでは、自己評価によるストレスと不安の低下が示されています。ただし結果の多くは自己評価によるもので、能動的な対照群と比べると効果は小さくなります(Goessl et al., 2017;Lehrer et al., 2020)。
よくある誤解
| よくある説明 | より正確な説明 |
|---|---|
| HRV は高いほど良く、他人と比べられる | 個人差が大きく、年齢、性別、測定条件の影響を受けます。同じ条件で測った自分の過去の数値と比べるのが適しています(Shaffer & Ginsberg, 2017) |
| LF/HF はストレス指数である | LF は単純な交感神経の指標ではなく、その比の意味については議論があります(Billman, 2013) |
| 腕時計で測った HRV は心電図の HRV と同じ | 光学式センサーが測っているのは脈拍変動です。安静時は近い値になりますが、体を動かしているときやストレス下では差が大きくなります(Schäfer & Vagedes, 2013;Georgiou et al., 2018) |
| 呼吸の練習中に HRV が上がれば、からだの状態がすでに変わったということ | 練習中の上昇の多くは呼吸そのものによるものです。練習後の安静時の測定を見る必要があります(Laborde et al., 2022) |
| アプリや記録時間が違っても HRV はそのまま比べられる | 記録時間、計算方法、センシング方式が異なれば、数値は置き換えられません(Task Force, 1996;Shaffer & Ginsberg, 2017) |
| HRV でストレスや病気の有無がわかる | 研究の多くは集団レベルでの関連を示すもので、1 回の測定値は多くの要因の影響を受けます。診断に使うことはできません(Kim et al., 2018;Laborde et al., 2017) |
